容疑者Xの献身

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

(注:この記事にはネタばれが含まれています)

ある天才数学者(職業は高校の数学教師)が、殺人の罪を犯してしまった女性をかばい続け、
どんなことをしてでも助けようとするストーリー。



読み進めていくと、この女性が事件に関わっていることは間違いないことがわかるが、
なかなか逮捕まで至る証拠がみつからない。
そこで男性の共犯者がいるのではないかと捜査の手は伸びていきます。
最後にはこの天才数学者、石神があっと驚くトリックをかけていることがわかります。
それを解決していくのが「ガリレオ」でお馴染みの天才物理学者、湯川学。
この二人が大学時代の友人である設定も面白いです。
物理学者と数学者、二人の天才の牽制し合いながらのやり取りは読み応え十分です。



しかし、文系の私としては、数学のことはよくわからないので、
主人公の恋愛について少し触れたいと思います。



石神は自分のアパートのとなりの部屋に住む、花岡靖子という女性の勤める弁当屋で、
いつも弁当を買っていました。
靖子に好意を寄せていたためです。
この女性は美人だという描写はありますが、過去2回結婚暦があり、
いろいろあっていずれも離婚してしてしまい、今は中学生の娘と二人で暮らしているという女性です。
いくら美人であってももし自分の過去や年齢などからいって、
この女性が決して自分が見ず知らずの男性に見返りのない愛で愛され、
おまけに自分が犯した殺人という罪をかぶってもらい、この男性が一生を棒に振ってしまうのを見ながら自分だけのうのうと暮らすということに耐えられないということがわかります。



一方、石神は死にたいとまでと思うほど自分の人生に希望を持てないでいました。
それが隣に引っ越してきた母娘に会ったとたん人生が一変しました。
この母娘が彼の喜びとなったのです。(その辺の石神の心情を綴った部分の描写が素晴らしいです)
ここから今まで彼があまり恋愛経験がないことや、女性にもてるルックスをしていないことから、
自分がこんな美しい女性と付き合えるということすら思っていないということがわかります。
期待もしていないのです。
見返りなどいらない、ただこの人が幸せになってくれればいい、という献身的な純愛が生まれます。




石神が彼女を罪に問われないようにやってのけたトリックは見事で、さすが天才としかいいようがないのですが、
恋愛に関しては、頭がいいだけではできないのです。
完璧なシナリオを作り上げましたが、石神は肝心なことを見落としていたのです。
それは石神にとって彼女は女神のような存在であったのかも知れません。
しかし一方靖子は自分自身をこのように思っていたのです。
「自分のような何の取り柄もなく、平凡で、大して魅力的とも思えない中年女」と。



この二人の自分は愛されるに値しない、と思うほどの謙遜な心がこの犯罪を完璧なものにしませんでした。
でも私は個人的に本当にこの結末が嬉しかったです。
他の東野作品では、とんでもない悪女がそのような純粋な愛で愛してくれた男性の愛を利用して、
自分だけ生き延びるという設定が何回かあったので。



石神には本当につらい結末になってしまったと思いますが、
読者としては納得のいく感動的なラストシーンだったのでちょっぴり切ないけど報われた気持ちで満たされました。
後味の良い作品でした☆☆☆